補足(23) 過激派泳がせ論について

 宮顕―不破系日共党中央の「過激派泳がせ論」はデタラメ理論である。それは、れんだいこが棲息した70年代前半の学生運動、党派闘争の中で満展開していたが、当時のれんだいこはおぼこかったので一定これを信じていた。だがしかし、あれから30数年を経て気づくことは、このデタラメ理論は宮顕―不破系日共党中央の悪質さを浮き彫りにする反動理論であったということだ。

 当時のいわゆる過激派運動を擁護しようというのでは無い。それは認識上も運動路線上でも誤りはあったであろう。しかし、時代の勢いというものもあったであろうし、実践的に経過せねばならない道でも有ったのではないのか。宮顕―不破系日共党中央の「過激派泳がせ論」は、只の一度たりとも権力の壁に立ち向かわず、というか立ち向かう者を背後から襲い、当局に取り締まり強化の口実を与え続け、それを要請した代物でしかなかったのではないのか、ということを確認したい。

 この論の補強として、中曽根のそれらしい見解が殊更に利用された記憶がある。今気づくことは、宮顕とナベツネと中曽根ラインのパイプの存在である。そういう手合いの中曽根の言辞を引いて「過激派泳がせ論」を裏付けるなんてことは茶番出来レースも甚だしい。云えることは、我々はもっと賢くならなければならない、我々自身が聞き分け出来る能力を獲得せねばならないということになるだろう。

 2002.9.29日 れんだいこ拝


Re:「しんぶん赤旗」の中傷記事 れんだいこ 2002/09/28 14:42
 飯田橋学生さんちわぁ。日共の「過激派泳がせ論」も変態理論ですよね。久しぶりにご紹介のような記事が出ましたが、要するに当局に急進主義運動に対して「もっと取り締まれ」と云っている訳で、よその国にもこのような理論があるのかどうか分かりませんが現下日共党中央の仮面左翼性が滲み出ているように思います。

 2002.9.26日付け赤旗の「赤軍派 最も暴力的なテロ集団 共産党などに蛮行繰り返す」なる記事には、執筆者名が出ておりませんね。これはどういうことなんでせうね。

 その内容を見るのに、「『赤軍派』は、『左翼』を装いつつ武装し、日本共産党や革新・民主諸団体に蛮行を繰り返すテロ集団のなかでもっとも暴力的な一派でした」とありますが、云いたい放題の偏向記事でせう。日共の体質として、敵対党派にこういう罵詈雑言していることを確認しておく必要があります。自分達が云うのは許されるが、云われるのは困るというのでは、まともな議論になりません。

 れんだいこならお前達も同様に次のように云えるではないかと云い返したくなります。「『日共宮顕ー不破派』は、『左翼』を装いつつ(武装→)投降し、(日本共産党や革新・民主諸団体に蛮行を繰り返す→)日本左派運動戦線の取り締まり強化を当局に要請する(テロ集団のなかでもっとも暴力的な→)仮面左翼の中でもっとも悪質な」一派です。

> だいたい、日本共産党の宮崎県委員長(沢重徳)だってスパイだったのだから、日本共産党も権力に泳がせられているのだろうか。

 一度、スパイとして判明した日共幹部のリスト作ってみたら面白いでせうね。新日和見主義事件では摘発者の側にスパイが居り、その時の活躍で党内出世していった様子が暴露されております。その他、赤旗拡大表彰者の中にもその種の者が居たことも明るみになっております。何せれんだいこ史観に拠りますと、元を正せば宮顕グループそのものが当局派のスパイでありますから、雨後のたけのこのように列なってくるのも仕方有りません。

 興味深いことは、こういう連中が相手をスパイ、暴力集団、エセ左翼などと声高にする癖があるということでせう。世の中はだいたいそういう風になっておりますね。我々に知恵がついてくるとそういう仕掛けが見えてまいります。従いまして、字面に弱い人がそのまま信じてエライ目にあわされて居ります。でも、案外皆さん適当に聞き流しているみたいで、それで良いのだと思います。でもそろそろ反発しても良い頃ではありますね。

 結論として、穏健派と急進派は左派戦線の責任において常に遠慮会釈の無い議論を交えなければならない間柄ではあっても、当局に向かって相手方をもっと取り締まれなどという左翼があってたまるものかは。


【2002.9.26日付け赤旗、「『赤軍派』 最も暴力的なテロ集団 共産党などに蛮行繰り返す」】

 「よど号」グループとは、一九七〇年、日本航空の「よど号」をハイジャックして、北朝鮮に渡った「赤軍派」メンバー九人のこと。リーダーは九五年に死亡した田宮高麿容疑者でした。

 「赤軍派」は、「左翼」を装いつつ武装し、日本共産党や革新・民主諸団体に蛮行を繰り返すテロ集団のなかでもっとも暴力的な一派でした。日本共産党は、これらのテロ集団の蛮行と、日本共産党攻撃のためテロ集団に便宜を与え「泳がせ」政策をとっていた自民党政府を強く批判してきました。

 国会で、警察庁が「赤軍派」にも多くの「協力者」を持っていたと答弁したこともあります。

 事件メンバーの元妻である八尾恵元スナック店主の証言などによると、同グループは北朝鮮に渡った後、平壌郊外の「村」で生活しながら、海外で拉致事件などを繰り返してきました。

 八尾元店主はことし三月、別のよど号メンバーの妻の公判で「有本さんを拉致した」と証言しました。有本さんとロンドンの語学学校で知り合い、「市場調査のアルバイトをやらないか」と持ちかけ、八三年七月にコペンハーゲンでメンバーの安部公博容疑者と北朝鮮の工作員に引き渡した―という内容でした。同元店主は、故田宮容疑者から「若い女性を獲得しろ」との指示を受けて実行したことも明らかにしました。





(私論.私見)