【論者の「立花隆研究」】

 (最新見直し2005.9.10日)

【サイト「田中角栄入門」管理人の立花激賞】
 田中角栄入門」は、立花を次のように激賞している。
 何故そうなるのかというと、彼らにオピニオンリーダーとしての自覚や責任感がない上に、知性が粗雑だからである。したがって、不利な状況に置かれても、あくまで自説に固執して、自分の誤りを認めようとしない。視野が狭く、客観精神に乏しい日本のジャーナリズムや報道番組では、人気取りのための我田引水と、その場しのぎの言い逃ればかりが横行している。そうした中で、立花隆の文章には、ひときは良質で誠実な知性が感じられる。

(私論.私見) 「サイト『田中角栄入門』管理人の立花激賞」について

 何と、「立花隆の文章には、ひときは良質で誠実な知性が感じられる」だと。噴飯ものとはこういう場合に云うのだろう。記念にここに転載して記録として保存しておく。

 2005.9.9日 れんだいこ拝


【京都大学名誉教授・佐藤進・氏の立花批判について】
 京都大学名誉教授・佐藤進・氏は、「立花隆の無知蒙昧を衝く」(サブタイトル「遺伝子問題から宇宙論まで」、社会評論社)を著し、立花隆を「無節操、間違い、いい加減な内容、支離滅裂な語り口に至るまで無知蒙昧丸出しのレベル」と酷評している。

 この本の企画は、社長の松田健二さんが「文藝春秋」を読んでいて立花隆の論調がどこかおかしいとは思いつつも、その根拠がなかなか理解できない、という苛立ちに端を発して、誰か遺伝子組替問題や生命科学、宇宙論についてきちんと立花隆の論調を批判的に検証できる人はいないものかと想いあぐねていて京都大学の佐藤進さんにお願いしたという。


宝島社文庫「立花隆『嘘八百』の研究について】
 「別冊宝島編集部」による宝島社文庫「立花隆『嘘八百』の研究」は次のような見出しを掲げている。これを転載しておく。
 目次
第1章

○、教養の「敵」(通俗知の巨人・立花隆―彼はなぜ生物学にしがみつくか?)

第2章 ○、ジャーナリスト失格!(『田中角栄研究』の呪縛が生んだチンプな政治観
○、ザ・公安妄想―なぜ「謀略史観」にハマるのか?
○、「脳死三部作」が辿り着いた"おかしな人間観"とは?
○、『臨死体験』をベストセラーにした「脳内現象か?現実体験か?」の眉ツバ ほか)
第3章 ○、科学憑き、宇宙憑き(現代物理学を講釈する前に、ブルーバックスをちゃんと読みなさい!
○、これだけあった『21世紀知の挑戦』『人体再生』のインチキ!
○、こうして疑似科学になった『環境ホルモン入門』
○、知の超訳にファック!もうやめようよ「なんでも前頭葉」 ほか)
第4章 ○、伝説のオシマイ(立花伝説―それは「古典的教養」が崩壊したからこそ完成した)

【神戸大学立花隆研究会・薗田恵美の「論者の立花隆研究」について】
 「メディアの中の立花隆―「知の巨人」立花隆を考える―」(神戸大学立花隆研究会・薗田恵美、研究会ホームページ http://www07.u-page.so-net.ne.jp/tb4/emikko/ )を転載しておく。(れんだいこ責任で、読み易くするため、内容を改変しない範囲で順不同、「」文を作っております)

 以下は立花隆を批判した主な書籍・記事である。
 http://www008.upp.so-net.ne.jp/emi_sonoda/hihan.htm

 立花隆批判について
  • 福田雅章「立花隆の研究」(『宝石』・1998年)
  • 新田均「イデオロギーに陥った立花隆」(『正論』1999年)
  • 佐藤進『立花隆の無知蒙昧を衝く』(社会評論社・2000年)
  • 斎藤美奈子「彼らの反動 明るい退廃時代の表象アイドル論 立花隆」(『世界』2001年)
  • 谷田和一郎『立花隆先生、かなりヘンですよ』(洋泉社・2001年)
  • 別冊宝島Real『立花隆「嘘八百」の研究』(宝島社・2002年)
  • (寄稿者:浅羽通明、菊池信輝、野田敬生、小浜逸郎、朝倉喬司、宮崎哲弥、佐藤進、粥川準二、斎藤環、天笠啓祐、塚原東吾、大月隆寛)
  • 斎藤美奈子『文壇アイドル論』(岩波書店・2002年)p157〜188

 立花氏の「知の巨人」の似非性が指摘されている。立花氏は著作「21世紀 知の挑戦」で次のように述べている。
 「正確に言うと、生物のあらゆる細胞には、エネルギー産出システムを受け持つミトコンドリアという細胞小器官があり、そこではA、T、G、Cではない別の暗号システムを使っている。これは、進化のきわめて初期の段階に、別の暗号システムを使う原始的生物がおり、それが酸素をうまく使うすぐれたエネルギーシステムを持っていたので、環境に酸素が増えてきたとき、現生生物が、それをエネルギーシステムとして丸ごと細胞内に取りこんで細胞内小器官にしてしまったのだろうといわれている。(中略)そしてこのことは、現生生物がみんなスーパーファミリーという考え方に、いささかでも、修正を迫るものではない。現生生物はみなミトコンドリアを細胞内小器官として持っているという意味においても、同一のスーパーファミリーに属しているのである」。

 この一文に対し、谷田和一郎氏は著作「立花隆先生、かなりヘンですよ」の中で次のように批判しているということだ。 (出典元不明、申し訳ない、教えてくだされば有り難い。「立花隆批判について」の中の文章だったかな)
 「この短い文章の中に、二つも間違いがある。一つは、ミトコンドリアという細胞小器官があり、そこではA、T、G、Cではない別の暗号システムを使っている、のくだりだ。正しくは、ミトコンドリアもA、T、G、Cの暗号システムを使っている。別にミトコンドリアは地球外生物ではない。もう一つ、現生生物はみなミトコンドリアを細胞内小器官として持っている、というのも間違っている。バクテリアなどの原核生物はミトコンドリアを持っていない」。

 これは、谷田が立花の文章を引用してきて、批判しているものだ。こうやって指摘されると、立花は高校の文系でも習うような生物の知識を間違っているのだが、果たして読者のうちどれぐらいの人がこのことに気付くだろうか? 私は何も読者の生物の知識について言っているのではない。速読をしていく時に、この誤りは見落とされるのではないか、ということを言いたいのだ。立花のここで言いたいことは、「現生生物はみな同一のスーパーファミリーに属している」ということだ。

 (実際、よく考えれば、何の事やらわからないコメントである。谷田も引用部分の後でこの「スーパーファミリー」が無意味であることを指摘している。)暗号システムが云々、というところがわからなくても、そこはさらっ、と読んで、最後の結論だけを理解する。なるほど、現生生物はみな兄弟なのだな、という程度の大まかな、イメージによる理解。大まかだが、わかった気にはなる。読者のなかでこのような理解の仕方をしている人は、少なからず存在するのではないだろうか。そして、大半の読者にとっては、それでいいのだ。なぜならば、彼らが必要としているのは詳細な説明部分ではなく、結論の部分だからだ。そしてこの、大まかに理解したような気にさせるような文章力、イメージを喚起する卓越したレトリックの技法が立花の魅力なのだ。

このように、立花は現代の消費者のニーズに合った商品を提供したわけである。最新の情報を手軽に読めて、何かがわかる(気になる)。それは、これまでに一般の読者が立花の探究心に感銘を受け、立花ファンになりこそすれ、批判が出てこなかった理由の一つであり、かつ立花の著書がベストセラーになった理由なのではないだろうか。もちろん、明らかな誤りが見落とされるのであるから、読者の、情報に対するリテラシーも問題である。ではなぜ、読者は立花を疑わないのだろうか。





(私論.私見)