「マスコミの記事捏造事件考」

 2005.8.30日、「朝日新聞:取材メモねつ造問題」が露見した。朝日新聞社は、同社長野総局の西山卓・元記者(28、8.29日付で懲戒解雇)の「郵政民営化法案反対派による新党立ち上げ」を報じた記事で、田中康夫・長野県知事の取材メモをねつ造したことが判明したとして、8.30日付朝刊に、社内調査結果とおわびを掲載した。

 この問題は、8.23日、田中知事が定例会見で事実関係を否定し、朝日新聞社に対し文書での回答を求めたことで発覚した。田中知事は、「朝日新聞の方に不快感を表明させていただきたい」と突然切り出し、「亀井静香前衆院議員と会ったのは都内であり、(記事に書かれた)長野県ではお目にかかっていない」、「この件について朝日新聞記者の確認取材は一切受けていない」と発言し、記事内容に疑義が生じた。

 この会見に出席していた朝日新聞の同僚記者は「朝日新聞としてきちんと取材してますが…」と反論したという。この指摘について、同僚記者は長野総局に報告していなかった。しかし、長野県側が25日になって、朝日新聞の県政担当キャップに電話をかけ、文書での回答を求めたため、総局は問題を初めて把握したという。

 同社はこの問題で社内調査を進めた結果、田中長野県知事らによる新党結成に関する報道をめぐり、同社の西山記者が田中知事から直接取材したかのような虚偽のメモをねつ造し、同紙がこのメモに基づく記事を掲載していたことが明らかになった。知事の定例会見時の発言を踏まえて記事にしていたことが判明した。

 29日夜、同社は、報道各社あてに文書をファクスで送信した。東京本社には報道陣が詰め掛けたが、同社の柘一郎広報宣伝本部長は「記者会見の予定はありません」と繰り返すだけで、記者会見に応じなかった。しかし、30日の紙面は文書より詳細な内容で、同社の対応にも問題が生じている。

 8.29日、同社は、田中知事と亀井氏に謝罪するとともに、8.30日朝刊で、記事のうち計5か所と22日朝刊の見出しを削除するとともに「おわび」記事と、虚偽情報に基づく記事を掲載した経緯を掲載する。再発防止へ向けて社内に特別チームを発足させることも明らかにした。

 朝日新聞社の発表内容の要旨は次の通り。
 社内調査によると、西山卓記者は長野総局長らを通して政治部から亀井、田中両氏が「(8月)中旬に2人が会っていた」という情報について情報があったら知らせてほしいと頼まれていた。

 記者は20日、長野県塩尻市で開かれた車座集会で取材をしたが、国政に関する話は出なかった。その後、田中知事に対する直接取材をしなかったが、2人が長野県内で会談していたと知事から取材できたかのような虚偽の情報をメールにし、総局長や県政キャップ、政治部記者に送った。

 発覚の端緒は23日、知事が県庁で開いた定例会見。知事は「亀井氏と会ったのは東京都内であり、長野県ではお目にかかっていない」「この件について朝日新聞記者の確認取材は受けていない」などと指摘した。

 21日付朝刊の「長野県で会談」という部分と22日付朝刊の記事中、亀井氏と会談した知事が「亀井さんも、いろいろ大変かもしれないけど、郵便局を守れっていうだけでは選挙に負けますよ」などと話した、とされている部分が、いずれも虚偽情報に基づいていたことが判明。さらに、第2新党結成の前日に知事が「民主党だけでなくいろいろな政党に友人がいる」と周囲に漏らした場面や「郵便局守れだけでは」の見出しも、こうした虚偽情報に基づくものであることが分かった。

 社内調査に対し、記者は「知事からこれぐらい聞けるんだというのを総局長に見せたかったのかもしれない。あとから考えれば功名心だったかもしれない」などと話している。

 判明したことは次の通りである。
8.20日、西山記者は田中知事の車座集会の取材に行ったが、宿直勤務のため集会終了前に取材を切り上げ、田中知事に新党に関する質問をしなかった。
上司の長野総局長に虚偽内容を報告。
総局長は取材結果を政治部の担当記者にメールで送るよう指示。
記者は、田中知事と亀井静香・元自民党政調会長との会談場所を推測で長野県内とし、会談での田中知事の発言を、これまでの定例記者会見での発言を引用して勝手にメモを作成し、長野総局長、長野県政担当記者、東京本社政治部記者に電子メールで送った。記者が作成したメモはA4用紙1枚ほどの分量で、田中知事との一問一答形式のやりとりになっていた。
 朝日新聞は、この虚偽情報などをもとに8.21日朝刊で新党結成をめぐるを動きで「『第2新党』が浮上」、22日朝刊で「追跡 政界流動」の記事を掲載した。文中、第二新党結成をめぐり亀井静香元自民党政調会長と田中康夫長野県知事が13日に会談したことを報じたが、実際は都内で行われた会談を「長野県内で」と誤報。さらに、田中知事の亀井氏に対するやりとりとして、「いろいろ大変かもしれないけど、郵便局を守れっていうだけでは選挙に負けますよ。サラリーマン増税反対とか、もっと言うことがあるでしょう」などと事実無根の内容を掲載した。見出しも、「郵便局守れだけでは」、「田中氏就任 揺れた決断」、「合点行かぬ」などとしており、記者の主観憶測を書き付けていた。

 西山記者は、平成十三年四月に入社し、静岡支局(現静岡総局)を経て昨年四月から長野総局に勤務。今年四月から県行政の報道を担当していた。調査に対し、「(虚偽メモを)書いたこと自体悔やまれる」と話す一方、「田中知事からこれぐらい聞けるんだというのを(長野)総局長に見せたかったのかもしれない。あとから考えれば功名心だったかもしれない」と話しているという。

 
8.29日、同社は臨時取締役会を開き、次のような処分を発表した。田中知事と亀井静香元自民党政調会長側に謝罪した。
西山・長野総局員 懲戒解雇。
木村伊量(ただかず)・東京本社編集局長 減給・更迭
金本裕司・長野総局長 減給・更迭
脇阪嘉明・東京本社地域報道部長 けん責
持田周三・政治部長 けん責
曽我豪・政治部次長 戒告
吉田慎一・常務取締役編集担当 役員報酬減額10%3カ月

 吉田慎一・朝日新聞社常務取締役(編集担当)は、次のような談話を発表した。
 「実際の取材をせずに、あたかも取材をしたかのような報告メモをつくり、それが記事になるという、朝日新聞の信頼を揺るがす極めて深刻な事態が起きてしまいました。記者倫理に反する、決してあってはならないことであり、深く責任を感じております。田中康夫・長野県知事や、亀井静香・元自民党政調会長ら関係者と読者のみなさんにも深くおわびいたします。特別チームを社内に立ち上げ、傷ついた信頼の回復のため具体策を早急に公表します」。

 橋場義之上智大教授(ジャーナリズム論)は次のように指摘している。
 概要「朝日新聞自身が情報ねつ造を信頼を揺るがす極めて深刻な事態」と受け止めているのであれば、記者会見を開き、十分な説明をすべきだった。仲間のマスコミの信用を得られないメディアは、読者からも信頼されなくなる。また、朝日新聞は「質問を受けた社にはきちんと答えている」と述べているそうだが、それならなぜ同紙の報道が他紙より詳細なのか疑問で、情報開示の姿勢に意図的なものを感じる。情報開示が信頼回復の第一歩であることをしっかりと認識すべきだ」(2005.8.30日付毎日新聞)。

 朝日新聞記者の取材をめぐっては最近、不祥事が相次いで明るみに出ている。同社は紙面審議会を立ち上げるなど再発防止に取り組んできたが、その後も他紙の記事の無断引用や、無断録音したやり取りの流出など記者倫理に反する不祥事が続いている。

 伊藤律記者会見捏造事件。

 シベリア抑留の吉村隊長「暁に祈る」処刑虚報

 本多勝一関連の「極地三部作」が同行した写真部記者によりでっち上げと告発されている。ヴェトナム報道で、ボーン上田賞を得た「戦場の村」も、でっち上げだった。「百人斬り」では、その元の東京日々新聞の記事を見ていない。現地で聞いただけの耳情報だった。

 1989(平成元).4.20日、夕刊に「K・Y」と刻み込まれた沖縄県西表島近海のサンゴの写真とともに自然保護の重要性を訴える記事を掲載したが、写真部記者(カメラマン)が自ら傷をつけていたことが判明し、当時の一柳東一郎社長が辞任する事態に発展した。

 1992年、米子支局記者が執筆した「鳥取の上淀廃寺 法隆寺と同時期創建?」との記事で、根拠となる平瓦を実際には地元の郷土史家が見つけたのに、記者自身が発見したかのように報道した。記者は停職20日の処分を受けた。

 2000(平成13)年、広島支局記者が中国新聞(広島市)の核拡散防止条約についての記事を盗用したことが分かり、記者を懲戒解雇、大阪本社編集局長ら3人を減給処分にした。

 2001(平成14).8月、東京本社の社会部記者が東京慈恵医大の補助金流用問題を取材した関係者とのやりとりをMDにダビングし、この関係者に批判的な別の取材先に渡したことが分かり、記者を退社処分、専務ら4人を減給処分などにした。

 2005(平成17)年、NHK特集番組をめぐる番組改変問題で、朝日記者がNHK幹部や政治家を取材した際の取材記録に基づく詳細な一問一答の内容が「月刊現代」(講談社)に掲載された。月刊誌への社内資料流出も明らかになっていた。流出に関与した者は判明していないが、9月にも社幹部を処分する方針を明らかにしたばかりだ。


 2005.8.30日、木村愛二氏が「元・朝日記者・本多勝一の墓碑銘「初期作品からの捏造癖」他」で告発している。

 本多勝一の墓碑銘1 初期作品からの捏造癖

 JCA-NET関係者には、私の知る限りでのことですが、『週刊金曜日』の読者が多いようなので、眉をひそめる方もおいででしょうが、まあ聞いて下さい。

 私自身も本多勝一氏(以下、敬称略)から直接頼まれて、「だれが水鳥を殺したか/湾岸戦争報道操作は続いている」(掲載は第9号、1994.1.14)を寄稿し、その原稿料(「書き手育成」の宣伝にも関わらず世間並の安さでガッカリ)を当てにして「3年分の購読予約金」を払い込み、トントン勘定の関係だったのです。

 ですから、「騙された」と思っていますし、皆さんにも「騙されないように」と忠告せざるを得ないのです。

 別掲の『噂の真相』記事では、「本多勝一のこれまでの業績に敬意を表して、[中略]正面きっての反論を手控えてきた」としていますが、実は、その「業績」全体にも重大な疑問があり、徹底的に洗い直すべきなのです。

 まず、なぜ多くの善意の若者が騙されるかという秘密の鍵については、次のふた通りのアングロ・サクソン格言が、最も適格に表現しています。「公然たる敵よりも偽りの友の方が悪い」(Worse a false friend than an open enemy)「偽りの友よりも公然たる敵の方が良い」(Better an open enemy than a false friend) 「読売」「産経」よりも、場合によっては「朝日」の方が悪質なのです。

「朝日」には、最近の「サンゴ」事件もありますが、レッドパージ地下潜行中の共産党幹部(故)「伊藤律記者会見」デッチ上げ、シベリア抑留の吉村隊長「暁に祈る」処刑虚報の頬っかむり、などなど、ピュリッツァ−賞記事がデッチ上げだったイエロージャーナリズム発祥の地、アメリカにも負けず劣らず、冤罪、誤報の限りを尽くして、まるで反省の色なしの「商業紙」の典型なのです。

 「墓碑銘」はきつい、という受け止め方もあるでしょう。しかし私は、本多勝一編集長時代の『週刊金曜日』の連載「『ガス室はなかった』と唱える日本人に捧げるレクイエム」と題するデタラメ記事によって、名指しの誹謗中傷を受け、やむなく、株式会社金曜日(代表者:代表取締役・本多勝一)及び執筆者を相手取っての裁判中なのです。

 「レクイエム」には「鎮魂歌」などという気取った訳もありますが、古代のラテン語では単なる「葬式の歌」の意味です。「墓碑銘」は、正体がばれて『噂の真相』の個人欄「悪口雑言罵詈讒謗講座」という最後の発言の場を追われた本多勝一への、とてもとても軽い、お返しでしかありません。

 本多勝一個人は、実に下らないヤクザ記者でしかなく、相手にするのは、昔の表現で言えば「刀の汚れ」なのですが、日本の大手メディアの分かり易い悪の象徴でもあるので、「一罰百戒」の材料とせざるを得ません。「水に落ちた犬を打て!」というのが、日本人から酷い目に遭った中国人の言葉です。ヤクザ記者は、完全に放逐しなければ、またぞろどこかで悪さをします。

 以下は、自称「ガリ版ビラ」こと「リソグラフ印刷」『歴史見直しジャーナル』第21号(1998.9.25)記事の改訂増補です。

 揺れるショア・ビジネス業界」

注1 「ショア・ビジネス」(Shoah Business)は、ブロードウェイの大当たりショーの題名、日本語訳で『ショーほど素敵な商売はない』(There is no business like show business)のもじり(One word change) で、「ホロコースト記念館」などの「恐怖の館」(The Chamber of Horrors)、日本ならさしずめ「お化け屋敷」を作っては、金儲けをする連中のへの軽蔑的な呼び名です。

 裁判相手「社長」本多勝一を『噂の真相』連載コラムは追放。直接のきっかけ『ヴューズ』(97.1)「株式会社朝日新聞社の正体」「リクルートの『接待旅行』」真偽論争は、今や、誇り高い「朝日人」の内輪庇いの習性を揺るがす。『テーミス』(98.8)「社員・OB株主が相次いで糺した朝日新聞の株主総会で出た『あの問題』」と題する内部告発的記事で、本多の方が「朝日の恥。こんな野郎がね、ゴタゴタいっている」と汚い表現で罵倒した「同期」の元朝日新聞研修所長、本郷美則は、「『ゆるふん』に放置しておいたから、どんどん腐敗が進んできた」と批判。いかにも男優位社会の新聞界らしい下品な言葉の応酬だが、実感が溢れている。テーミス記事は「ウミを徹底的に洗い出すべきである」と結ぶ。

 朝日の威を借る捏造記者の末路

 私はすでに『歴史見直しジャーナル』3号の『週刊金曜日』誹謗中傷記事問題特集で、「試金石」による「本多の条痕色」は「黒」、つまり、本多勝一は「偽者」と喝破した。それまでの自称「省力取材」の結果に基づくだけでも、この判断には十分な確信があった。ところが、その後、出るわ、出るわ。呆れを通り越して寒気がするほど、お粗末至極な記事デッチ上げの前歴が各地の各氏から寄せられた。

 ベストセラーで冒険記者の名を上げた「極地 3部作」でも、同行の先輩写真記者、藤木高嶺氏(現大阪女子国際大学教授)が呆れて「決裂」宣言。ヴェトナム「戦場の村」連載では、現地の各社の先輩記者が「来たばかりでヴェトナム語も知らずに、あんな取材ができるわけがない。昼は政府軍、夜は解放軍の乱戦状態で、政府軍に疑われれば爪を剥がれる拷問。半端じゃない。しかし、『嘘を書いた』立証もできないから、そこが付け目」などと、その他の本多勝一流の勝手放題を告発している。

 以下はまた「本多勝一の墓碑銘2」にて。
 とりあえず以上。

 その2:カンボジア報道の改竄に進む
http://www.jca.apc.org/~altmedka/bohimei-2.html
1998.12.07. の開設以来、この間を訪れたのは

 あなたで2,348人目です。

本多勝一の墓碑銘2

カンボジア報道の改竄

『噂の真相』(1998.6)の投稿欄に「本多勝一の捏造のレトリック」が載りました。

 執筆者は、東南アジア研究者の鵜戸口哲尚氏でした。

 要点のみを紹介すると、「畏敬するイギリスの東南アジア研究者M.コールドウェルのカンボジア現地での訃報に接し、カンボジア情勢の真相の調査と究明に全力を賭した彼の無念を少しでも継承すべく、やはり同じ英人研究者D.ボゲット氏と『カンボジアの悲劇』(成甲書房)を編集し」、「ポル・ポト政権下の虐殺に関する報道には数の誇張があり、虐殺キャンペーンに依ってベトナムの介入・侵攻を正当化する議論は問題のすり替え」、「原則は民族自決」などと主張したのに対して、「本多氏と同僚井川一久氏は、私たちを虐殺の擁護者、連合赤軍貼りとレッテルを貼り」、「激しい攻撃を加えてきました」という趣旨です。

 鵜戸口氏は、それ以前にも『人民新聞』(1998.4.15)「私の発言」欄に「再び『カンボジア革命とは何だったのか』を問うべき本多勝一『噂の真相』(4月号)コラムへの回答」を寄せていました。こちらの方が長いので、かつての「論争」を想起こして、さらに具体的な批判をしています。たとえば、次のような「本多勝一の捏造のレトリック」です。

「『噂の真相』の本多の言葉を拾おう。『カンボジア大虐殺めぐる賛否の大論争』という言葉自体の中に三重の欺瞞がある。大虐殺の『大』をめぐって経緯と実態の議論をしたのである。『賛否』というが、誰も賛成などという非常識な馬鹿はいない。大『論争』というが、『論争』が成立するほどには、本多たちには明晰で冷静な思考力も学問的蓄積も備わっていない」

 極め付きの批判は、次のようなものです。

「本多には昔から論議・争点を明確にするだけの『頭脳的資質』が欠けている。思考力に欠けているのである。従って、常に詰まるところ、『見てきた』『行ってきた』『どっちに味方する』という子供じみた論拠しか出せないのである」

 カンボジア「大虐殺」に関する本多勝一氏の「自分の過去の文章改竄」については、すでにこのメ−ルで送りました。鵜戸口氏の批判は私の実感にピッタリです。

 いやはや、これまでにも大手新聞「体育会系」記者には、ろくでなしが多いと感じる機会が、いやというほどあったものの、この「超有名」「市民派」気取りの実物の具体的な実態を知るにつけて、しばし、わが同類なる裸の猿の愚かさと醜さに、宇宙的規模の絶望感を覚えざるを得ないのも、これまた痛切なる事実です。

『噂の真相』で「クズ」「カス」「ヨタ」呼ばわりをされた岩瀬達哉氏も、本多勝一氏を名誉毀損で訴えたとのこと。このところ忙しくて自宅で取っている日経しか見ていないので、提訴情報記事は見逃しましたが、本多勝一問題を特集中の『創』編集長、篠田博之氏が言うのだから、これは「裏を取る」までもなく間違いないのでしょう。

 私の対『週刊金曜日』裁判も、きたる11月29日13時20分から約30分、地裁 713法廷にて口頭弁論、裁判長交替の弁論更新で約10分訴状陳述、問題点を整理し、いよいよ次は原告本人、つまり私自身の「本多勝一糾弾」証言の場の幕開きとなりました。

 できれば、弁慶のように大袈裟な見栄を切って、花道から登場したいものです。(1999.2.26.注記。別途「裁判」HP参照。本人陳述は実現せず結審、判決。)

 金融関係の官庁、大手企業、どぶん、ざぶん、しゃぶしゃぶ、はたまた防衛調達庁のと、いやはや、それにしても、やい、それを報道しては稼ぐ、そこなマスコミ業者!

「役人の子はニギニギをすぐ覚え」などという「役人」だけへの皮肉の、これで「一分」じゃあ、すまされめえ!

 いよう! 音羽屋! ちょ、ちょん、ちょん、ちょん!

 なお、前回の墓碑銘1で、英語の警句をうろ覚えで記したために、文法的には正しいとしても、格言に付き物の省略的表現を間違えていました。正しくは、つぎのようです。(墓碑名1で訂正済み)

 Worse a false friend than an open enemy.

 Better an open enemy than a false friend.

 この訂正は別に、本多勝一流「自己文章改竄」への皮肉を意図したものではありません。

 Honesty is the best policy.の格言に従っただけのことです。「忠君愛国」時代に育った私は、このアングロ=サクソン格言を知った当初、「正直」までを「政策」にするエゲツナイ連中という感想を持ちましたが、今では、この方が人類こと裸の猿の本性に適った科学的秩序維持の教訓であろうと考えています。








(私論.私見)