「マスコミの御用性、その具体的手法」考

 (最新見直し2005.10.18日)

 「マスコミの御用性、政権の番犬化」は、戦前の大本営発表の情報プロパガンダぶりで証されている。この権力当局に対する御用性、政権の番犬化という本質はいつの世にも普遍的なものかも知れない。ここでは、この御用性の立ちあらわれ方を考察する。

 「マスコミの御用性、政権の番犬化」は、1・政府政策の御用プロパガンダ性、2・過度の報道又は繰り返し報道、3・不作為の非報道(事件隠蔽)、4・緊急政治課題そらし報道、5・第四権力圧力による情報操作という5面で確認される。ここまで述べればほぼ結論を書いたことになるので、後は折を見てこれを論証する。

 2004.6.26日、20050.10.18日再編集 れんだいこ拝

【白井為雄氏の指摘】
 マスコミの御用性、政権の番犬化」問題はロッキード事件の際に集中的に現われている。白井為雄氏は、「ロッキード事件恐怖の陰謀」の中で次のように記している。
 概要「マスコミの目的とすることは、世の中の出来事を、迅速に、誠実に、公正に伝えることにあります。特に公正なる報道はマスコミの原則で有ります。もしマスコミの報道が、特定の階級や特定の権力や特定の個人の意志によって左右された場合は、そのマスコミの報道は公正を欠く価値無きものであります」。
 「更にマスコミが常に戒心しなければならないことは、支配権力の走狗や御用紙にならないことであります。戦時中のマスコミは支配権力である大本営発表の公報機関でありました。それが勝った勝ったの誤報で、日本国民をまどわして、遂に敗戦にと誘導したのであります。これはマスコミの本領である公正なる報道に背反した権力迎合の使い走りでありましょう」。
 「最近のマスコミは、マスコミ本来の使命を忘れて、外国権力や日本権力に迎合して、その筆をまげる傾向が多くなりました」。
 「彼らはマスコミ人という特権意識に思い上がり、取材の自由の名の下に、高慢で横暴な取材活動をしています。近時のマスコミは肥大化した権力にものをいわせて、横着な特権意識を振りかざして、我がもの顔に横行しています。マスコミはペンの暴力をちらつかせて市民から恐れられております。彼らは取材の自由を名文として家宅侵入や名誉毀損や諸々の基本的人権も平気で無視蹂躙して憚りません」。
 「この過去形で云わねばならないマスコミ界の不甲斐ない現状で有ります。マスコミは公報であってはなりません。それは民の声を伝達する民報でなければならないと信じます。公報は権力の意志を伝達する機関であります。民報は公に対する不平と不満を代表するものでなければなりません」。




(私論.私見)