| 452382 | ロッキード事件に果たした日共の陰謀及び反動的立ち回り |

(最新見直し2006.5.13日)
| (れんだいこのショートメッセージ) | |
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日共の胡散臭さについては、「戦後政治史検証」、「宮本顕治論」、「不破哲三論」で考察している。「ロッキード事件に果たした日共の陰謀及び反動的立ち回り」について特別に論ずる必要がある。れんだいこは、1955年の六全協で党中央を簒奪した宮顕ー野坂体制は、ネオ・シオニストのエージェントが日本共産党を牛耳るに至ったという裏意味があると仮説している。れんだいこは、以来識別する意味で「日共」と云うことにする。そういう胡散臭い日共は何気ない平素ではそれなりの共産党的なせめて言辞だけでもするが、いざ肝腎の際には当局御用派としての馬脚を表わす。ロッキード事件に於ける日共の果たした立ち回りはその典型であった。
当時の赤旗を便覧せねばならず、それは手間のみ多い。よって当面、以上の結論のみ記しておく。 |
| 【日共不破の今日に於いてもかような見解考】 | |
日共の不破幹部会委員長は、1999.7.25日付け赤旗の「日本共産党創立77周年記念講演会 現代史のなかで日本共産党を考える」でも、ロッキード事件に関して次のような見解を披瀝している。
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何と、「金権政治の元祖といわれた田中角栄氏は、国内で五億円の金を調達できないで、危険だとわかっていながらロッキードの献金に手をだして領収書を書いた。それがあの大事件になった」と云う。この詐術に胸が悪くなるのはれんだいこだけだろうか。 不破は、「金権政治の元凶」として批判し続けてきたが、その元凶が葬られるや「元祖」と少し表現を替え、「その元祖が落ちぶれて国内で五億円の金を調達できないで、危険だとわかっていながらロッキードの献金に手をだして領収書を書いたのがロッキード事件の真相だ」と云う。聞き捨てならない無茶苦茶な観点を披瀝している訳だが、日共党員つうのは余程脳軟化症しているのだろう。この詐術と観点の歪みを問わないで(笑い)で応じているようである。 れんだいこはもはや言葉を失う。こんにちでさえこのテイタラクであるからして当時の日共の対応の変調さは推して知るべしであろう。宮顕ー不破系党中央は、検察司法のロッキード事件追求をあたかも正義の使者であるかの如く見立てて礼賛していった。更に、検察司法の手に負えない政治局面で、正義の使者を引き継ぐかのようにして議員辞職運動を組織していった。その例証は枚挙にいとまない。 2005.6.6日再見直し れんだいこ拝 |
| 【当時の日共委員長・宮顕の政治的立ち回り考】 |
| 平野貞夫氏の「昭和天皇の『極秘指令』」(講談社、2004.4.10日初版)は、当時の日共委員長・宮顕の政治的立ち回りの様子を記している。これを確認しておく。(以下、略) 2005.10.6日 れんだいこ拝 |
| 【ロッキード事件勃発時の日共宮顕ー不破の即応不審考】 | |
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1976.2.4日、ロッキード事件が勃発したことで、宮顕は、「戦前党中央委員査問致死事件釈明」の危地から救われた。鈴木卓郎の「共産党取材30年」は次のように述べている。
2.24日、共産党の全国活動者会議が開かれ、党本部から委員長・宮顕以下全党幹部が出席し、党機関幹部1172名が参加し、秘密会議の様相で種々意思統一が為されている。この時党は会議運営委員会(防衛隊員216名による)の厳しい監視下の秘密会議としている。「これが共産党」(水島毅・全貌社)によると、参加者には通し番号付きで「必ず返却」と記入された「注意事項」が手渡された。その内容は次の通り。1、入場したら許可無く外出は許されない。2、外部への電話は許さない。3、外から電話があっても取り次がない。4、単独行動は許さない。5、廊下や控え室でのヒソヒソ話は許さない。6、記念撮影などは許さない。7、テープ録音は許さない。8、宿舎では外部への連絡は許さない。9、発言は文書によって予め提出する。10、全ての文書の処理は袋に入れ係員に渡す。11、怪しい奴を見つけたら、すぐ係員に連絡せよ。 「異例の緊急全国活動者会議」であったことが判明する。この時、何が意思統一されたのか未だに未解明である。 7.27日、角栄が外国為替法違反、受託収賄罪容疑で東京地検特捜部に逮捕されたが、その翌日の7.28ー31日、日共は、この年秋に予定していた定期党大会を翌年に延期することとし、第13回臨時党大会を開いた。50余年の党史で初めての臨時党大会となったが、何の為に臨時党大会を急遽開催したのだろうか。元首相・角栄が逮捕された翌日の臨時党大会開催は偶然なのだろうか。 大会は、冒頭で、前日の田中前首相の逮捕を誇らしげに伝えていることからも分かるように、対田中闘争の徹底推進にあった。宮顕は、「三木内閣の手で事件の徹底的究明をさせる。捜査途中での三木降ろしに反対する。これは自民党内の政権たらい回しを許し、即時国会解散を要求することとなり国民の希望に反する」と「三木支援」の演説をぶった。奇妙なMMホット・ラインがここに刻印されている。いずれにせよ、対田中角栄闘争に異例の並々ならぬ意思統一をしたものと思われる。この時の宮顕の異常な指揮権発動は何を物語るのだろうか。 この時の人事で、新中央委員会は、議長に野坂、幹部会委員長に宮顕(68歳)、幹部会委員長代理に不破(45歳)という指導体制が確立した。注目すべきは、副委員長の岡正芳が失脚し、袴田(72歳)、上田、西沢、村上を飛び越して、不破が書記局長兼務で党内bQに昇格したことである。その後、不破が最高指導者となったことを考えると、この時の大会の重要性が分かる。 |
| 【日共の国策捜査加担考】 |
| ロッキード事件は典型的な国策捜査であった。これについては「国策逮捕考」で検証する。日共の国策捜査加担振りはその後も続いている。「ムネオハウス事件及び国策捜査加担事件考」で検証する。 |
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(私論.私見)