大阪夏の陣1
大阪城炎上、豊臣滅亡!

関が原の戦い
大阪冬の陣1
大阪冬の陣2
大阪冬の陣で丸裸になってしまった大阪城、なおも豊臣秀頼、長男国松、淀君などが本丸に居住した。
徳川方は外堀、内堀の埋め立て工事の終了後、一時江戸に戻った。
徳川家康もまた、駿府城に戻り、英気を養った。徳川方の諸将もまた国元に戻り待機した。
一方、豊臣方の諸将、浪人も大阪城に入ったまま動かず、次の決戦に備えていた。
「家康は必ずまた攻めてくる、、こんどは野外決戦になるだろう」とつぶやく真田幸村
丸裸になった大阪城にもはや防衛力はない、城外で最終決戦しかないだろう」と読んでいた。
慶長20年3月24日、徳川家康が豊臣方に大阪城の浪人の追放、豊臣家国替えを要求
慶長20年4月5日、豊臣方大野治長が、徳川家康に国替えを拒否すると通告。
慶長20年1615年4月、徳川家康、徳川秀忠暗殺未遂容疑で古田織部の家臣、木村宗喜が捕まる。
古田織部は千利休の高弟で茶人大名として知られていた。関が原の戦いでは東軍に属していた。
慶長20年4月6日、徳川家康が諸大名に命令し、鳥羽、伏見方面に集結させる。
太閤恩顧の大名は出陣を命ぜられず、江戸に留め置かれる
慶長20年4月9日、大阪城にて大野治長が刺客に襲われる。
慶長20年4月26日、豊臣方大野治房軍が大和郡山城を陥落させる。
慶長20年4月27日、豊臣方大野治房軍が竜田、法隆寺などの村々を焼き払う。
慶長20年4月28日、豊臣方和泉岸和田城を攻める、堺を焼き払う。
慶長20年5月5日、徳川方軍勢が大阪に向けて進撃する。
徳川秀忠軍2万、徳川家康軍1万5千、前田利常軍1万5千、松平忠直軍1万3千、徳川義直軍1万
徳川頼宣軍1万、伊達政宗軍1万、松平忠輝軍9千、藤堂高虎軍5千、伊井直孝軍3千
真田信吉軍(幸村の兄)2千、榊原康勝軍2千、本多忠政軍2千、村上義明軍2千、小笠原秀政軍2千
●豊臣方軍議
真田幸村★「大阪城南側に徳川方をひきつけて、我等が正面攻撃をなす、さすれば徳川方軍勢が
一時的に混乱し、隊列が乱れる、そのすきに明石全登軍の遊撃隊が迂回して家康本陣を奇襲して首級を挙げる
かような作戦でどうでござろうか?狙うは家康の白髪首ただ一つ」
明石全登★「なかなか良い策でござるな、我等が鉄砲隊と騎馬隊が家康本陣を背後から襲うことにしよう」
真田幸村★「それから、我等が総攻撃の際には是非、秀頼様にもご出陣願いたい、士気が高まりまする」
大野治長★「総攻撃の合図に、秀頼様にご出馬をお願いするとしよう、、淀君が、、、」
慶長20年5月6日、道明寺の戦いで豊臣方、後藤又兵衛、薄田兼相が討ち死に
慶長20年5月6日、八尾、若江の戦いで若武者、木村重成が討ち死に
●徳川方軍議
徳川家康★「こたびの戦はもう勝ったも同然、裸城で敵も戦意が上がるまい、わしも軽装じゃ、
城の北側は包囲網を開けておけ、わざと逃がすのじゃ、孫の千姫だけはなんとか助けたいものじゃ」
徳川秀忠★「ドサクサに紛れて誰か、千姫を救出してくれればいいのじゃが・・・・・」
慶長20年5月7日、大阪夏の陣、最終決戦日
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●豊臣方諸将
大野治房、岡部則綱、二宮長範、御宿政友、北川宣勝、山川賢信、明石守重
布施伝衛門、新宮行朝、大野治長、毛利勝永、江原高次、木村宗明、吉田好是等
真田幸村、毛利先頭、浅井長房、竹田永翁
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大阪城南側天王寺付近で両軍対峙
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●徳川方諸将
秋田実季、浅野長晟、本多忠朝、真田信吉、片桐且元、前田利常、本多康紀、
伊達政宗、松平忠直、諏訪忠澄、榊原康勝、小笠原秀政、伊井直孝、細川忠興、藤堂高虎
溝口宣勝、村上義明、内藤忠興、松平康長、酒井家次、仙石忠政、徳川秀忠
松平忠輝、松平忠明、水野勝成、本多忠政、徳川家康
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大阪城南側の天王寺付近に陣取って迎撃態勢を固める豊臣方
その最前線の茶臼山付近で真っ赤の装束で身を固めた真田幸村と赤備えの真田軍団3500
若江、八尾、平野方面から北上する雲霞のような大軍の徳川軍、先鋒は本多忠朝軍
5月7日正午頃、先鋒の本多忠朝軍が豊臣方毛利勝永軍とついに遭遇、銃撃戦が戦闘開始の合図になった。
これが最後の戦と腹を決めた豊臣方の戦闘意欲は凄まじく、一時は徳川方を圧倒する勢いであった。
最後の死に場所に夏の陣を選んだ豊臣方の勇猛果敢な攻撃に先鋒の本多忠朝は戦死!小笠原秀政は負傷!
小笠原忠信は討ち死に!松平忠直軍の越前兵と真田幸村先鋒軍が大乱戦となった
激戦の続く岡山口でも大乱戦!大野治房軍の猛攻に、徳川秀忠が自ら槍を持って突入しようか?というような状況であった。
意外な苦戦に土井利勝軍、酒井忠世軍が集結、戦巧者の黒田長政軍と加藤嘉明軍が素早く秀忠の警衛に回った
豊臣方の意外な戦闘力に徳川家康も手駒の旗本までも前線に投入!
徳川方の部隊も隊列を乱しての大乱戦となった、戦線が伸びきった・・・・・
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